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この画像は、阪神高速が発行している広報紙 道夢の 1996年2月号のものです。 今は 公団が民営化されましたので、この広報紙が あるかどうかは知りません。 この写真には、とってもグレートだった京橋PAが写っているので、大事に残しておいたものです。 何がグレートかと言うと、震災前までの京橋PAは、本線(西向き)からPAに入る減速レーンが恐ろしく短く、鬼減速をしないと止まることが出来ない。 そして PA内から本線に流入する為の加速レーンがこれまた短く、鬼加速をしないと本線に入れないかも知れないという、 特に 加速が充分でない場合や 本線に強引に入る事が出来ず、加速レーンの先で停車してしまおうものなら、 ゼロスタートで びゅんびゅんと通過していく本線に流入するのは、至難の技でした。 しかも 関西人が 加速レーンの入口で完全に停止してしまった車を 親切に本線に入れてあげるほど みんな優しくはありません(^^;) 初心者にはとっても厳しいPAでした。 なので、僕は 震災前の狭かった頃の京橋PAには、1、2度しか入った事がないと思います。 PAを出て本線合流に神経を使うので、 よっぽどの事がない限り 使いたくなかったのです。 PAの駐車台数も少ないですし、とにかく使いにくく、それが為に 逆に印象深いPAでもありました。 震災の復旧工事と合わせて、PAの拡張工事がされたようで今の京橋PAは、誰にでも使い易い状態になりました。 問題の加速レーンも、隣接する 京橋ICの加速レーンに繋げられましたので、使い易いPAに変わりました。 この写真は、震災後に京橋―摩耶間だけが暫定的に開通するという直前の まだ路面に 白線も引かれていない状態で写っています。 この暫定的に開通した時は、無料開放されていましたね。 写真をよく見ると、京橋以西の工事区間は、路面が埃で真っ白けですし、橋桁のジョイントごとに 舗装やスラブが落とされて、復旧工事の真っ最中のようです。 関電ビルも解体中、 浜手バイパスも復旧工事中で、 震災から 1年後の 神戸は三宮の様子を窺う事が出来る一枚です。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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京橋―摩耶間の暫定解放、何度か使わせてもらいました。 |
ふくだ 2007/06/28 23:50 |
貴重な画像ですね。 |
ハッチ 2007/06/29 06:54 |
ふくださん> |
DAI 2007/06/29 08:32 |
ハッチさん> |
DAI 2007/06/29 08:40 |
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