美し都 神戸から(鳥瞰図を描きましょう♪)

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help リーダーに追加 RSS 震災時のビデオ映像

<<   作成日時 : 2007/07/30 21:19   >>

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昨夜 波止場町TEN×TENで、hiroさんが撮影された 1月17〜20日の 震災時のビデオ映像を見せて頂いた。



ビデオ映像と言うと、僕も自宅の本棚に既製品のものを買って、置いているのだけど もう長い事見ていないです。 2社ぐらいの製品が 今 うちにあると思うのですが、何度も見たので 見慣れてしまった感があったのです。  それとテレビ局側の意図があって撮影された映像なので、その後も テレビで何度も放映された映像でもあり、余計に見たいとは思わなくなって 相当な時間が過ぎてしまいました。

写真集だとか 新聞の縮刷版だとか、当時の新聞だとか かなり集めて行きました。 自分の知らない場所がどんな様子だったのか、 被災の全容を知りたいという好奇心もありました。  航空写真も 100日後、1年後、3年後と発売されたのですが、そんな物も購入しましたね。  震災関連の書籍は、結構な数を所有していると 自分では思っています。



昨夜 映像を見て、 この12年の時間の距離が 半分以下に縮まった気がしました。 淡々と撮影された 被災地の風景。 あの地区、この地区、あの場所、この場所、 淡々と、 あの頃の日常の様子が写されていました。

映像も奇麗でしたよ。 鮮明で 十年以上前の神戸を見ているとは思えない つい半年前とか 1年前を見ているかのような感覚で。



ポーアイ内の高層住宅の上から見た兵庫・長田方面の17日の様子。  煙で一杯なのですが、その映像を撮っている時、 僕は あの煙の下に居たんだなぁって。 あの時の 自宅近辺の様子は 今もしっかりと覚えているつもりですが、 それと同時進行で 他から撮影してくれている人が居て、 被災している街を 重層的に見られた気になり、 歯抜けだった記憶や知識が 充足されるような そんな気になりました。


ポーアイ内の17日や18日の様子も 生々しかったですし、ちょっとした歩道橋の段差、 神戸大橋がずれて ぱっくりと開いたジョイントの隙間。


東遊園地で翌日には 各自治体消防からの応援ヘリが 救援物資の運搬に 尽力される様子。  東遊園地が空港のようになっていました。  衝撃的でした。   人海戦術で物資を運ぶ人達、 他都市からの応援の人も居れば、ボランティアの被災した神戸市民が多数混じっているはずです。


救援の自衛隊車両、 他都市消防からの応援車両の行列。  あの時の あの普通の状況が 淡々と写されていました。




新長田一番街や大正筋は ほんま懐かしかった! 神戸デパートもあった! 秋田の本屋さんの建物も写ってた!  中の光景は被災地の新長田だけど、ほんま懐かしかった。 hiroさんが撮った、数日後に 僕も同じ所を 歩いたのでした。 焼けてしまった大正筋  くちゃくちゃになったダイエー西神戸店。


そこ! そこをもうちょっと真っ直ぐ行けば うちの家があるねん!! と思ったりしつつ。


久々に熊見学園を見たなぁ。←漢字合ってるかな?・・・  移転して随分と触れる事の無い名前だったから これも懐かしかった。





また続きを見せてもらいたいですし、 機会があれば 上映会を開いて頂きたいと思いました。

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もうすぐ 1月17日、 あの日がやってくる。 あの日。 朝、慌しく家事をしていた時に ダンナからの電話でそれを知った。「ニュースみてる? 神戸が大変みたいだ」一瞬 血が下がるのがわかった。 テレビをつけると、& ...続きを見る
コーベのことでもかこうか
2007/08/22 09:11

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
それは貴重な映像でしたね。

私の住んでいた代官山は開発で、すっかり姿を変えてしまいました。
小学生くらいの頃の面影はほぼないです。
開発で姿を消していくのもなんとなく切ないのに、突然の震災で街が姿を変えてしまうのは、想像できないほどの胸の痛みなんだと思います。
だから、
あ、この風景♪とか 懐かしいと思う。
12年。
長いようで 意外と記憶は鮮明に残っているものですよね。
梅吉にゃんこ。
2007/08/01 00:26
梅吉にゃんこ。さん
街の変化を記録していくのは、その必要性を感じた時には もう遅かった という事が多くて、ほんと後悔先に立たずですね。

変な話ですが、当時 JRとか私鉄とかが、応急的に復旧させて 東西の交通を繋ごうとされていた その途中の様子って 好きでしたよ。  仮設ホームを作ったり、線路を移し変えたり、なんでもありで ”交通機関を繋ぐ”という事が大切だったので、今はそういう名残は無いのですが、あの頃のあの状態は、懐かしいです。 イラスト的に説明出来れば分り易いと思うんですけどね(^^;) そりゃあ あれを見た人にしか分らない力強さがありました!
DAI
2007/08/01 18:00
12年たった今なお残る記憶としっかり結びつく映像。
DAIさんの率直な筆致がなによりも直接的に当時への思いを伝えてくれます。

「わすれてはいけない」といろいろな出来事の後語られますが、
「わすれられない」ことを、例えばこういう形で伝え合うことで
その都度その都度思いが甦るようにおもいます。

私の1月17日のページもそういう思いを集めていきたいと思います。
midori
2007/08/22 09:01
midoriさん>
17日に撮影された映像、 18日に撮影された映像、 19日に撮影された映像・・・ と数日間 市内 いろいろな様子が淡々と写っている映像でした。 何となく、あの寒かった頃の空気が肌で感じられるような、匂いがそのまま思い出されそうな、とにかく 身近に感じられた事や、 知らない市内の地域の被災の様子、 複合的に 感覚の中だけなのですが 欠落している部分が充足されたり、消えかかっていた部分が修復されたり と そういう感じを味わう事が出来ました。


あの映像であれば、それを知らない世代の子達にも、震災の時の神戸がどんな様子だったのか、じっくりと説明してあげられる自信がありますね(^^)
DAI
2007/08/22 16:16
映像の力、生かしていきたいですね。
DAIさんの鳥瞰図も大事なことを思い出させてくれます。
TBさせていただきました。ありがとうございました。

midori
2007/08/22 22:00
midoriさん>
TBありがとうございます(^^)

あの地図の範囲でも、超高層マンションが1棟、ホテルが新たに2棟 建つ事になりました。 普段見ている街の景色って、今日も明日も 半年後もいっしょのような感じだと思っていましたが、止まっている時が無いぐらいの方が多いみたいですね(汗) 街の絵を描いて初めて分りましたよ〜(汗)
DAI
2007/08/23 17:47

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