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1989年 今から19年前に 神戸市制100周年を記念した冊子が発行されました。 それを市民に無償配布したのでした。 たしか 広報こうべに 引き換え券があって、それを持っていき 窓口で交換するというやり方だったと思うのですが・・・ 僕は 当時 さんチカのインフォメーション神戸に取りに行った事を覚えています。 当時 これをもらった時は 中学2年生だったのですが、 この本は 僕にとっての神戸好き元年になったきっかけの本なのです。 ということなので、来年は 神戸市にとっては 120歳であり、 僕にとっては 神戸好き20年の記念の年になります(^^) 当時は 中学の文化祭で 市制100周年をまとめた模造紙を掲示したりしたものです。 部活の顧問の先生と級友と市役所2号館に行ったりもしました。 夏休みの頃じゃあなかったかな? 職員の人に 質問をしに行ったのでした。 この冊子は 隅々まで 何回も見たもんです。 今だったら 本を汚すのが嫌なので 持ち歩くのも注意する性分なのですが、当時は 学校まで持ち歩いていましたからね。 アホな頃です(^^;) 特に 目覚しく開発されていく神戸が大好きでした。 「山、海へ行く」 この大事業に 胸をワクワクさせながら 写真を見て 「あぁ〜 神戸って すごい街やなぁ〜」 と 感心しきりでした。 これを見ていた当時は、まだまだ よく分かっていない頃だったので ↑この写真でも それほど意味を理解していた訳ではありませんでした。 左側のおじさん誰? と 思っていたぐらいだったのですが、 だいぶ経ってから 人に教えてもらったのか? よくよく見たら 俺の尊敬してる市長さんやん!! と気付いたのだったか・・・ 宮崎さん ごめんなさいm(_ _)m おかげさまで 昨年秋 右側の 新井晴みさんにもお会いする事が出来たのです。 向こうは僕の事を覚えている訳はありませんけどね(^^;) この街に出来ない事はないんや!! って思いましたよ。 でっかい博覧会を開催したり、 学生のオリンピック ユニバーシアード神戸大会を開催したり、 人工島を造ったり、 空港を計画していたり、 明石海峡には吊橋もかかるだなんて。 当時の僕の心境としては、 神戸が燃えに燃えている!! と 感じていたのです。 その後 この本も、僕といっしょに 長田区で被災したのでした。 僕の部屋の本棚に置いていましたので。 その家には もう住む事が出来ませんでしたから、 震災後1週間ぐらいしてからでしょうか 毎日 自宅に入っては 家の中から荷物を出すのです。 あの傾いた家の中から どうやって たくさんの本を出して行ったのか 今となっては ほとんど覚えていませんで、情けない話なのですが、 すべての物を出すという事は無理でしたから そこで 出す物と 出さない物との取捨選択をしなければいけなかったのです。 何を諦めたのか これも 今となっては よく分らない所なのですが、 2割ぐらいのものは諦めたのではないかと思います。 自宅内に残された物は、その後 3月後半に 自宅ごと解体されて 撤去されていきました。 その物も 恐らく 布施畑の埋立処分地の中 深くに埋められたのではないかと思うのですが。。。 市制100周年の記念冊子が 今 本棚に並んでいるという事は、 当時 引っ張り出して来たという事でもあります。 よおやった! エライ!!(^^)v 運の強い? この冊子のめぐり合わせなのでしょうか。 今は この冊子に たくさんの写真を掲載されている写真家さんと とても親しくさせてもらっています。 僕にとっては、 幸運の象徴のような 100周年の記念冊子なのでありました。 |
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