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パソコンで ちょちょいと描いたので、適当なんですが 震災まで存在していた 京町のオリエンタルホテルさんです。 もし 今も 京町で営業されていたなら 去年描いた 旧居留地の鳥瞰図には ↑ こんな風に描かれただろうと思います。 出来れば描きたかったなぁ。 東京オリンピックの年に 海岸通り6番から移転してきたので、 もし 今年 存在していたら 44歳の建物になります。 古い施設になってしまいますね。。。 流石に 震災があろうがなかろうが、建替えの話しや、 それか全館リニューアルとかで 徹底的に改装して 他の新しいホテルと対等に渡り合えるように 進化していっただろうと思います。 古い建物だったかも知れないけど、 京町のオリエンタルには 他には絶対に真似の出来ない 歴史と伝統があったはず。 これは どんな新しいホテルだって真似が出来ないし、 京町のオリエンタルホテルの最大の強みだったのではないでしょうか。 長らく神戸の人に愛されてきた京町のオリエンタルホテル。 その オリエンタルホテルに 23日 会う事が出来ました。 今 跡地では 新しいホテルの建設工事が進んでいます。 昨年来 時々 工事の進む様子を見に来ていたのですが、 この場所には 絶対!!に 地下が残っているはずだ! と そう確信していたのです。 あの京町のオリエンタルホテル 地下部分だけでも残っているんだ!って。 ですが、工事が進むのを見ていると どうも 地下が残存しているはずはないのではなかろうか。 と 不安になってきて、 昨年 後半には 自分の中で ”無い” と諦めたのでした。 今年 初めて 工事現場を見に行った 23日の土曜日、 上から見下ろした時に、 震えましたよ。 だって 地下が出て来たんだから! やっぱり やっぱり 地面の中で 待っていてくれたんやなぁって。 いろんな角度から眺めました。 何かないか? 何か見つからないか? どんな些細な事でも知りたいと思い、 柱の数、スパンを数えて 素晴らしい資料が目の前にあるんだ!って。 大袈裟かも知れないけど、僕の目には 柱の位置から オリエンタルホテルの建物が浮かび上がるのです。 まだまだ いろんな情報を知る事が出来るはず。 あの残された躯体 これからも1日1日と 解体撤去されていくのですが、出来る限り 残されたモノから 情報を得たいと思うのでした。 春までには 京町のオリエンタルホテルさんの名残も 完全に無くなってしまうでしょう。 ほんの短い間の 最後の出会いになってしまいます。 1996年のちょうど今頃には、 解体工事が終わっているようなので(大木本さん撮影写真にて) 12年振りですね。 12年振りの京町のオリエンタルホテル。 その姿を見せてくれて ほんま ありがとう! |
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ずいぶん前に一度コメントを残した者です。 |
ほっと 2008/02/25 23:43 |
ほっとさん |
DAI 2008/02/26 08:41 |
DAIさん、お返事有難うございます。 |
ほっと 2008/02/27 01:20 |
ほっとさん |
DAI 2008/02/27 08:32 |
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