兵庫駅前にて

JR神戸駅から一駅西へ。 JR兵庫駅前に118年前のイギリス製の鉄柱がモニュメントとして飾られていました。

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今から118年前の明治21年 この兵庫駅を基点に当時 私鉄だった山陽鉄道が明石まで開通しています。 その当時、兵庫駅構内にあったレンガ倉庫の柱として使われていた鉄柱だそうです。  その後、山陽鉄道は、翌年 明治22年に兵庫から神戸につながり、官営鉄道と接続されました。 この時に2代目神戸駅が完成していたりします。
山陽鉄道は、その後 どんどんと西へ西へ路線を延ばして行き、下関までの超ロングな路線を開設しました。 私鉄が神戸と下関を結ぶんですから今とスケールが違いますね!

そして この山陽鉄道は明治39年 ちょうど100年前に国有化され、今の山陽本線となりました。

そういった山陽鉄道、そして今の山陽本線の歴史を語る生き証人が、兵庫駅の駅前に飾られているのは、重みのある事ですね!

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先日、15日の広島行の際、 行く時は新幹線を使ったのですが、帰りは山陽本線を乗り継いで帰って来ました。 何か山陽鉄道の偉業を偲ぶ事が出来るかな と。
5時間弱かかりましたが、途中 古い単線のトンネルが2本掘られて、複線として利用されている所がいくつかあったり、 レンガ積みのプラットホームを持つ駅があったりしたので、 恐らく明治の頃の山陽鉄道時代から続くものなのだろうなぁ と一人納得しながら 揺られて神戸へ帰って来ました。

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この記事へのコメント

kiki
2006年04月18日 22:09
私は兵庫駅には行った事が有りませんが
神戸と言うか兵庫県内には明治時代の物が
所どころ残って居るのですね。
また神戸の良さをひとつ知った様に思います。
tet5
2006年04月18日 22:33
いつも通り過ぎるだけの兵庫駅に初めて降りたのは4年くらい
前でした。ホームから改札へ向う途中に和田岬線の入り口を
見つけましたが、電車が動く時間帯ではなかったのでしょう、
柵か何かで閉鎖されていました。兵庫駅は何とも懐かしい
空気で溢れていました。北側の駅前は古い町並みで、南側とは
対照的でした。
2006年04月19日 10:15
kikiさん>
僕の祖母は、この写真に写っている兵庫駅前で若い頃暮らしていた
そうです。 その当時、この鉄柱が建っている所は、広い貨物駅で
した。 今は再開発で良好な高層住宅群へと変貌してしまいました。
新しく この地に移り住んだ人が、ふとこれを目に留めて、ここに
何があったのか? どういう町だったのかを想像してくれたなら
嬉しいです♪
2006年04月19日 10:21
tet5さん>
兵庫駅 今も国鉄時代の雰囲気?を色濃く残していますね!
鷹取-灘間の高架区間の駅で、兵庫ほど その雰囲気?が
残っている駅は無いのではないでしょうか。 神戸も三ノ宮
も奇麗になり過ぎました(笑)
この駅名が、兵庫津の名前を今に伝えていて、しかもその
名前が今の広大な兵庫県の名前の元になっているのですから
立派な駅ですね!
kamimura
2006年04月19日 19:05
>私鉄が神戸と下関を結ぶんですから今とスケールが違いますね!
 同感です。
 確か、随分短い期間で完成していたような気がします、失念しましたが。
 当時の技術力を考えると、凄いなぁと。
 明治期の日本人のバイタリティ、見習いたいことが多いです。
2006年04月20日 08:49
kamimuraさん>
山陽鉄道の下関までの全通 13年だったようですね。
明治の人達が作り上げた社会資本に、今もお世話になっ
ているという事は、昭和・平成の人間としては嬉しい
ことですね♪

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