青森・函館のたび 八甲田山雪中行軍遭難資料館


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青森駅前でリンゴの専門店?を見た時は うぉ~! すっげぇ~!って思いましたね。 略して「リン専」とか呼んだりしてました。






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駅前の2番の乗り場から12時ジャストの田茂木沢行きの市営バスに乗りました。






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幸畑墓苑で下車します。 神戸に居る時は幸畑を「ゆきはた」か「ゆきばた」と呼んでいたのですが、車内案内放送では「こうばた」と呼んでいたので読みについては解決でした。

バス停前に八甲田山雪中行軍遭難資料館があります。 今朝 飛行機で青森に来た時、この上空300メートルぐらいの所を通過したんですよね。





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外観はこんな感じです。



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中に入ると後藤伍長の碑のレプリカがあります。 今から107年前の明治35年に起きた日本陸軍の雪中行軍隊の遭難事件の際に、仮死状態で発見された後藤伍長のその時の姿を模していると言われます。




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館内はこんな感じです。 その当時の情勢や、なぜに雪中行軍訓練が必要だったのかや、200人近くが亡くなるのですが、それぞれにどの地点で発見されたとか、たくさんの資料が展示されています。




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当時の隊列もミニチュアもあり、どんな感じの行軍隊だったのか、分かりやすい展示です。




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当時はこういう風な服装で行軍されたそう。 今も冬季に陸自の隊員さんが雪中行軍訓練をされるそうですが、今の装備と、当時の装備とどう違うかの展示も。







一通りの展示を見た後、資料館の背後にある陸軍墓地に行きました。
神戸では陸軍さんの墓地というのを聞かないので、あるところにはあるんだなぁって。
その墓苑内に、遭難事件の死者の方のお墓もあるのです。

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「ごめんなさい ちょっとだけ写真撮らせて下さいね」って声をかけて写真を撮りました。

思うに、こうやって公的にずーっとお墓が維持され続けるんだから、有りがたいと思えることではないかなぁと思ったりもします。








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遭難事件は、この道路をもう少し登って行った先の地域になるようです。 今は近隣に団地もあるし、民家が道路沿いに点在していて、比較的開けたところだと思うのですが、100年以上前は人家も極端に少なくて、大変な状況になったのでしょうね・・・








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帰りのバスは、行く時に乗った田茂木沢行きのバスが終点まで行って折り返して来たバスでした。



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青森の中心街に戻って来ました。



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駅前でバスを下りて、konatuさんと合流して、遅めの昼食をとりました。 これ さくら野百貨店です。 青森の地域一番店なのかな?




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