国鉄改良問題

神戸市内に続くJRの連続立体交差についての話です。


神戸市では大正7年2月に政府に対して、市会議長名で「神戸市内鉄道線路ノ改良二関スル意見書」を提出。 国鉄が地上を走ることによって市域が分断され各種の障害が増大していたので その改善を要望していた。

その改良については市民・市会の内部に高架式よりも地下式にすべしという案が多かったそうです。
しかし大正8年5月に鉄道員副総裁が来神して高架式を言明。 同年10月に市区改正委員会に対して、生田川-兵庫間を高架とする案を照会してきたようです。 委員会は12月に 灘-鷹取間を高架とする修正案を提出。

大正10年12月 鉄道省は修正意見を採用はするが、新生田川-御幸通間のみ現在のようなスラブ式の高架で、他を鷹取駅や灘駅西側のような築堤式とし、三ノ宮駅を当時の元町駅の位置だったものを、加納町の現在地に移す案を都市計画神戸地方委員会に諮問してきた。

改組されて兵庫地方委員会となった同委員会は、大正11年10月、神戸製鋼所西側-新湊川間をスラブ式と修正して答申し、これが大体認められて大正13年1月に最終決定したようです。 現在の高架の姿ですね!

ところが地下式を主張して認められなかった市会に、大正14年2月、7月に再度地下式の建議案が提出されて激しい論争になったようです。

結局この件は、工事期間が地下式だと長引くという他に、当時の黒瀬弘志市長が、「財政的な面を考慮しなければ 地下式が良いが 財政上の問題を考慮すると そういう訳にはいかない」 と述べたという事です。

地下式は高架の場合の二倍以上の工費、 市が三千万円以上の費用を負担しなければいけないという現実問題におされて、市会で26対28という僅差で地下式建議案が否決されたようです。  そうして国鉄高架が完成したのが昭和6年になりました。

付属の話として、大正10年末に鉄道省は「高架改築スル結果、神戸駅ニ於ケル一般貨物及鉄道省用品輸送ノ必要上」 神戸税関-神戸駅間に海岸鉄道を建設する案をを示したそうです。
この路線は昭和3年末に完成しました。

という話が神戸市史に載っていますので、国鉄の市内連続立体交差化と、海岸通り沿いの線路とがワンセットで進められたという事なんですね! 今はハーバーランドが出来て 神戸駅の地上の貨物駅は廃止になり、税関前に続いていた線路跡は歩道になってしまいましたが、片方の高架は今も現役で活躍しているという事は面白い対比だと思います。

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この記事へのコメント

雑学大好き
2006年07月18日 07:52
この当時に、ルート変更も議題に上がってます。詳しい内容は分かりません。
2006年07月18日 11:18
雑学大好きさん>
神戸市史に、その辺りの事が詳しく書かれていました。
もう少し山側を走るルート等もあったように思います。

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